投資適格債アップデート

景気サイクル後期のバリュエーション

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10月の投資適格(IG)クレジットのスプレッドは、株式市場の高揚感に反して小幅に弱含みました。全体的には、業績発表シーズンが好調だったことが、不動産セクター主導の中国経済の減速、インフレ圧力、FRBによる資産購入の終了が間近に迫っていることなどのマクロリスクを上回り、センチメントは強気を維持しました。連邦政府の債務上限問題は先延ばしされ、議会では予算案の交渉がずっと続いています。インフレ圧力が継続し、金融引き締め政策が迫っているものの、バリュエーションを見る限り、市場はこれらのリスクをあまり懸念していないようです。テーマ的には、過去10年間の大半でリスク資産価格を押し上げたものと同じ力が続いています。世界には中央銀行主導の流動性と過去最高の政府支出が溢れています。世界には10.7兆ドルのマイナス利回りの債務が残っていますが、年初の17.8兆ドルからは減少しています。

第3四半期の企業業績は好調で、S&P500指数採用企業の約70%による発表数字では、前年同期比36%の増益となりました。労働コストやサプライチェーンの問題への言及は過去最高だったものの、売り上げの増加が投入コストの増加を概ね上回り、利益率は底堅く推移しました。物価の上昇や拡充された失業給付金制度の終了にもかかわらず、個人消費は堅調に推移しました。米国の貯蓄率は9.4%と、今年3月の26%から低下していますが、パンデミック前(2019年)の水準からは2%ポイント上昇しています。これは、景気刺激策として給付された現金を消費者がまだ使い切っていないためです。企業のバランスシートについては、過去最高の利益を受けて非金融部門のレバレッジはパンデミック前の水準まで低下しています。格上げされた企業数は2四半期連続で格下げの企業数を上回っており、2020年に過去最高のフォールンエンジェルがあった後、かなりの数のライジングスターが見込まれています。企業が保有する現金や流動性はピーク時の水準に近く、コスト面からの圧力にもかかわらず利益率は引き続き拡大しています。企業のファンダメンタルズは景気サイクルの中盤を示している一方、クレジットのバリュエーションはサイクル後期の状況です。今後は、過去最低の資金調達コストに直面する中で企業の経営陣がバランスシートの規律を保つ意欲があるかどうかによって、クレジットの評価が変わると思われます。M&Aの動きはすでに加速し始めており、自社株買いの承認はパンデミック前の水準を超えています。

銀行は、資本市場が堅調に推移したことと景気回復に伴う貸倒引当金の繰り戻しを受けて、再度、好調な四半期業績となりました。大手6行の純利益の伸びを平均すると、前年同期比23%増、前四半期比7%増でした。投資銀行部門の収入は、M&A関連の助言フィーがここ数年で最高の四半期となったことで、前年同期比55%増となりました。高い貯蓄率(一部は景気刺激策の給付現金の恩恵)と堅調な景気回復がパンデミック時に計上した貸倒引当金の繰り戻しにつながり、信用コストは低いままです。JPモルガンは正味貸倒償却が過去最低となり、バンク・オブ・アメリカも正味貸倒償却が過去50年間で最低となりました。IGクレジットの中で、銀行は魅力的な相対的価値を提供しています。銀行セクターでは年初来で過去最高の発行があり、規制業種であり、システム的に重要で、資本力のある銀行へのエクスポージャーを得る機会が、クレジット全体と比較してスプレッドが比較的拡大した状況の中で、創出されています。銀行は、バランスシートが拡大していることに加え、補助的なレバレッジ比率(SLR)の免除期間が終了したことが、債券発行増加の主な要因となっています。ファンダメンタルズ面から、銀行セクターは毎年テストされる厳格な自己資本規制など、広範な規制による監視から恩恵を受けています。パンデミックの最中に米連邦準備制度理事会(FRB)が指示した株式配当の停止や配当金の上限を思い出すことで、この点を再確認することができます。CET1比率は平均12.9%(第2四半期末からやや低下)、LCR(流動性カバレッジ・レシオ)は平均122%であり、資本と流動性は引き続き健全です。

市場のテーマ

  • IGクレジットのスプレッドは、ボラティリティが歴史的な低水準で推移する状況でレンジ内の推移となっています。オプション調整後スプレッド(OAS)は82ベーシスポイント(bp)で、バリュエーションは過去10年で最も縮小した水準に近く、過去20年の平均(景気後退期を除く)よりも約50bp縮小しています。
  • 第3四半期の好調な業績を受けて、IG発行体の信用指標は改善しました。企業の現金と流動性の水準はピーク時に近く、利益率は引き続き拡大しています。レバレッジはパンデミック前の水準まで低下しているものの、過去と比べると依然として高水準にあります。
  • 新型コロナウイルスの感染状況の影響を受けやすいセクターと景気敏感セクターは年初来で大きくアウトパフォームしました。直近では、パンデミック前で最も縮小した水準に近づくにつれ、バリュエーション面からスプレッド縮小の動きは鈍くなっています。10月に原油価格(WTI)が11%上昇したにもかかわらず、エネルギー関連銘柄には全般的に動きが見られませんでした。これは、スプレッドが下限に達した時に見られる非対称的なリスクを浮き彫りにしています。
  • 米国債のイールドカーブのフラット化は、クレジット・カーブにはほとんど影響がありませんでした。20年-30年の金利カーブは、20年債の発行が再開された2020年以降で初めて反転しました。10年-30年のクレジット・カーブは前月よりフラット化し、5年-10年のカーブはややスティープ化しました。
  • 中国の不動産債務の危機は、IGクレジットのバリュエーションにほとんど影響を与えませんでした。10月に、別のハイイールド(HY)発行体の不動産開発業者3社が利払いを怠ったため、中国のIGとHY間のスプレッド格差はさらに拡大しました。

インフレによるコスト圧力にもかかわらず第3四半期の企業業績は堅調

S&P500指数各セクターの増益率と売上高成長率の予想

出所ファクトセット、BofA米国株式およびクオンツ戦略

サプライチェーン(+412%)と労働(+320%)に対する言及が急増

S&P500指数採用企業が業績発表コンファレンス中に言及したインフレ関連語句(2004年第2四半期=100、2004年以降)

出所BofAグローバル・リサーチ
注:各カテゴリーに含まれる単語は以下の通りです。物価は「price」、「pricing」。素材は「material」、「commodit」。輸送は「transportation」、「shipping」、「freight」、「logistic」、「fuel」。労働は「labor」、「wage」、「worker」、「personnel」。サプライチェーンは「supply chain」。

インフレによるコスト圧力にもかかわらず純利益率は過去最高水準

S&P500指数の純利益率(金融を除く四半期ごと、2012年~2021年第3四半期=推計値)

出所ファクトセット、BofA米国株式およびクオンツ戦略

企業の保有現金と流動性は過去最高近辺

出所ブルームバーグ、モルガン・スタンレー・リサーチ

業績の回復に伴って信用指標が改善して格上げが相次いだ2四半期連続で格下げを上回る

出所ゴールドマン・サックス、ブルームバーグ

企業発行体にとっての低い資金調達コスト.新規発行債券の平均クーポンは過去最低水準付近(投資適格とハイイールドの発行体)

出所ディアロジック、ゴールドマン・サックス・グローバル・インベストメント・リサーチ

M&Aの案件総額は加速的に増加

出所MUFG、Institute for Mergers, Acquisitions and Alliances(IMAA)、S&PキャピタルIQ、ディアロジック、ブルームバーグ

株式配当と自社株買いも加速

出所:バークレイズ、コンプスタット、ファクトセット、ブルームバーグ

中国企業の米ドル建て社債のスプレッド差は投資適格とハイイールドの間で拡大

出所ブルームバーグ

インデックスパフォーマンス

10月のIGクレジットのスプレッドは小幅に弱含み、2bp拡大してOASは+82bpとなりました。フロントエンドの無リスク金利の上昇から指数の利回りは10bp上昇して2.15%となりましたが、30年債利回りの低下(イールドカーブのフラット化)を受けてトータルリターンはわずかにプラスとなりました。米国債のイールドカーブのフラット化にもかかわらず、タームプレミアムが安定していたため、30年社債はアウトパフォームしました。20年-30年の国債カーブは、20年債の発行が再開された2020年以降で初めて反転しました。それにもかかわらず、10年-30年のクレジット・カーブは前月よりフラット化し、5年-10年のカーブはややスティープ化しました。

セクター別のパフォーマンスはまちまちで、一部の「経済再開」銘柄はアウトパフォームしたが(空運-7bp、宿泊業-4bp)、他ではアンダーパフォームとなる銘柄がありました(中流部門+2bp、自動車+3bp)。全体として、新型コロナウイルスの影響を受けやすいセクターと景気敏感セクターはバリュエーションがパンデミック前で最も縮小した水準に近づいたため、動きが止まりました。10月に原油価格(WTI)が11%上昇したにもかかわらず、エネルギー関連銘柄には全般的に動きが見られませんでした。これは、スプレッドが下限に達した時に見られる非対称的なリスクを浮き彫りにしています。長期的に見ると、エネルギー価格は非常に変動しやすい傾向があります。これは通常、生産量の増加や需要急減によって需給の不均衡が生じるためです。

10月に最もパフォーマンスが悪かったのはタバコ(+6bp)と銀行(+6bp)の2セクターで、年初来でも最も悪くなっています(タバコ+12bp、銀行+2bp)。銀行のアンダーパフォームはファンダメンタルズ要因ではなく、完全に供給面からのテクニカル要因が関連しています。銀行は、バランスシートの拡大に加え、SLR(補足的レバレッジ比率)の免除期間の終了が、過去最高の債券発行の主な要因となっています。ファンダメンタルズ面から、銀行の利益と資本の水準は過去数十年で最も高い水準にあるか、それに近づいています。

インデックスリターン(10月)

出所ブルームバーグ

10月月間と年初来のスプレッド変化

出所:ブルームバーグ

セクター別スプレッド(2021年10月29日現在と前回のサイクルで最も縮小した2018年2月2日時点)

出所:ブルームバーグ

米国債のイールドカーブはフラット化

出所:バークレイズ

クレジット・カーブは引き続き安定5年-10年はややスティープ化し、10年-30年はフラット化

出所BofAグローバル・リサーチ

銀行の資本比率はパンデミック通過後に実際に改善

出所FRB、フォームFR T-9C(持株会社の連結財務諸表)

10月の新規発行の状況

10月の投資適格債のグロス発行額は1,200億ドルで、内訳は金融が810億ドル、一般企業が390億ドルでした。年初来のグロス発行額は1兆3,200億ドルで、2020年と比較して23%減少しましたが、2019年と比較すると相対的に高い水準となっています。ネット発行額(グロス発行額―償還総額)は570億ドルで、年初来では4,140億ドルとなり、過去最高だった2020年から50%減少しました。

Aトランシェ(ウォーターフォールの最上部)は2.875%で値決めされ、これは米国債(平均残存期間9年)に対して約125bpのスプレッドです。また、Bトランシェは3.95%で値決めされ、これは米国債(平均残存期間 6 年)に対して+270bpのスプレッドに相当します。Aトランシェの値決めはパンデミック前の水準から20bp以内であったのに対し、Bトランシェははるかに大きなディスカウントとなりました。シニア部分と劣後部分のスプレッドの差は150bpで、パンデミック直前の25bpと比較して大幅な拡大です。AMRは、パンデミック後初となるEETCの発行を行いました。EETCのシニアトランシェの平均格付けはパンデミック前のAA格からパンデミック後にはA格に低下しており、この業界固有のボラティリティの存在を思い起こされます。

M&A関連の発行は合計で290億ドルに達しました。その中で最大の案件はAerCapによるもので、GEキャピタル・エービエーション・サービシズ(GECAS)との合併資金調達のために、複数の満期で210億ドルを調達しました(5年物は+125bp、10年物は+165bpの値決め)。このディールは広く予想されており、好評を博しました。700億ドルの応募があり、この債券は新規発行時のコンセッションである10bp分をすぐに回復し、さらに上値がありました。

銀行による発行は決算発表後に再開され、10月の発行額は480億ドルとなり、大手6行が中心(240億ドル)となりました。銀行の中で最大額となったのはゴールドマンで、3つの満期で合計90億ドルを発行しました(5年物は+78bp、10年物は+105bp)。年初来の大手6行(BAC、JPM、Citi、WFC、GS、MS)の発行額は、過去最高の1,760億ドルとなり、すでに2020年通年を上回っています。

年初からの大手6行の発行額は既に2020年通年を上回る

出所:BofA

10月の発行の内訳は、一般企業が390億ドルで金融が813億ドル

出所:BofAグローバル・リサーチ、ブルームバーグ

米国の10月の投資適格債グロス発行額は1,204億ドル、ネット発行額は570億ドル

出所:BofAグローバル・リサーチ、ブルームバーグ

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