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国をあげての借り換え:新たなパラダイムにおけるエージェンシーMBS投資

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「われわれが直面する大きな問題の大半は、政治家がそもそも作り出した問題のために、政治家が生み出した解決策によって、引き起こされている。」
– Walter E. Williams

子供を溺愛する親が子供のあらゆる気まぐれに絶え間なく奉仕するように、世界の中央銀行は過去10年間で、独立性の維持が一見不可能になる程度まで、金融市場を甘やかしてきました。FRBは、その政策が安定性の促進だけを目指しているという高尚な主張を続けているものの、「金融の安定性」は「物価上昇」のための婉曲的表現でしかないことが、ますます明らかになっています。実際にFRBの戦略 - (長期にわたる)金利低下と(無制限の)量的緩和(QE)というワンツーパンチ - は使い古されており、リスク資産価格全般に対する影響は、良く報告されています。しかし米国の住宅ローン市場では、住宅保有を増やし、住宅ローンに手が届きやすくすることを目的とした、10年以上にわたる政府の取り組みが、現在進行中の金融緩和と混ざり合って投資家と借り手を等しく混乱させるカクテルとなり、その進展が直近の危機で最前線に押し出されてきました。今後数年間を覗き込むと、エージェンシーMBS投資家にとっての新たなパラダイムがみえてきます。ファンダメンタルズの深堀り分析および銘柄選択を通じて価値を模索した人々にかつて恩恵をもたらした市場は、テクニカル要因によって支配され、政府の介入によって歪められた市場に置き換えられてしまいました。

世界の金融危機以来、米国のエージェンシー住宅ローン市場は、消費者に対して住宅ローンに手が届きやすくすることを目的とした政策の着実な奔流の対象となってきました。そのような政策には、近代で最も深刻な景気後退に瀕して、住宅ローンの借り換えまたは条件変更に苦慮する住宅保有者の支援を目的とした、住宅ローン借り換え促進プログラム(HARP)と住宅ローン返済負担緩和プログラム(HAMP)が含まれます。そのような政策の意図は素晴らしいものだった一方、各国中央銀行の執拗な金融刺激策に支えられて、公的な補助を受けた豊富な住宅ローン制度と特徴付けられる時代への道を開きました。今日の住宅ローン市場は、連邦政府と、連邦政府が生み出して過去1世紀にわたって拡張してきた機関によって価格が決定され、それらによって施行される政策決定によって概ね支配されています。実際、全ての借り手向けの住宅ローン金利に対する追加的な補助を提供することは、低所得者層および不十分なサービスしか受けていないコミュニティ向けの低価格住宅を促進する取り組みを通じてそもそも生み出された問題に対処するための政府による新たな解決策です。

この住宅ローンの豊富さの事例をみるためには、ジニーメイの証券化住宅ローン貸出の最近の傾向しかみる必要がありません。世界金融危機以降の数年間において、連邦住宅局(FHA)と退役軍人省(VA)経由のジニーメイによる証券化ローンの組成は、年間組成額の5%未満という住宅ローン市場におけるマイナーな役割から、サブプライム貸出の巨人へと急拡大しました。今日では、ジニーメイは戸建て向け住宅ローンの5分の1近くを保証しており、米国の納税者が最終的に保証しています。連邦住宅局と退役軍人省の貸出におけるこのブームは、与信という箱の積極的な開放によって概ね勢い付けられ、それは、住宅ローン金利が低下し続ける時代において、大衆に対する手頃な値段の住宅供給を促進するための、政府のトップダウンの政策によって可能となりました。より最近では、信用のこの拡大は、金融危機前の引受の活力の全ての特徴を伴った、画期的で簡素化された借り換えプログラムと融合しました。一部の借り手はこれらのプログラムを通じて、最小限の文書で、与信の確認やローントゥバリュー(LTV)比率の上限なしの借り換えが可能となり、与信の問題に直面している借り手にとって、連邦住宅局と退役軍人省のプログラムの魅力をさらに高めました。

チャネル別住宅ローンの組成:金融危機後に、連邦住宅局と退役軍人省のシェアが上昇

出所:TCW、モルガン・スタンレー、インサイド・モーゲージ・ファイナンス

伝統的な住宅ローン貸出も、与信が潤沢で借り換えが容易なこの期間に、同様に拾い上げられました。ファニーメイのホームレディーとフレディマックのホーム・ポッシブルといったプログラムは、連邦住宅局の貸出と競争するように整備され、低所得の初回住宅購入者に対して住宅ローン金利を最低で3%未満で利用可能としています。高LTVによる借り換えプログラムがHARPに取って代わり、危機の時代の政策を延長して、この金利低下の時代においても、資産が少ないか資産がゼロの住宅保有者に対して借り換えを可能にしています。しかし、金融危機後の伝統的な住宅ローンの様相における恐らく最もシステマチックなものは、建物調査の免除(PIW)の華々しい増加でした。住宅ローン貸出の21世紀での新たな試みとして、政府機関は住宅査定の自動化を始めました。政府機関は、不動産の物理的な査定を求める代わりに、評価プロセスにおいて独自のモデルに依存し、ローン組成までの時間を大幅に短縮しました。PIWが2017年終盤に最初に導入されて以来、査定免除が認められた30年の従来型ローンの割合は、当初の10%未満から現在の40%超へ上昇しました。

査定免除が広く採用されるようになった

出所:TCW、ファニーメイ、フレディマック、eMBS、野村證券

住宅ローン貸出におけるこの新たな様相に、民間セクターが気付かない訳はなく、民間セクターはこの良好に意図された展開を、それぞれの資本主義的な極限まで繰り広げました。取引量が住宅ローンの貸し手の収益性を押し上げるに連れて、住宅ローンの利用可能性拡大にジニーメイの貸出における簡素化された借り換えの提供が相まって、広範囲のローンの借り換えへの扉を開くことになり、ジニーメイ投資家にとっては不条理なほどの期限前返済スピードをもたらしました。この乱用は最終的には、規制当局の介入を余儀なくし、一時的に、悪質なプレーヤーがそのローンをジニーメイの証券化にプールすることを禁止しましたが、既に損害は与えられていました。現在のジニーメイのプールは、いまだに伝統的な競争相手よりもはるかに早い期限前返済スピードに悩まされています。

同様に、伝統的な住宅ローンにおいて、PIWの普及は、自動化、スピードおよび回転率に専念して設計されたビジネスモデルを有する、ノンバンクの住宅ローンの貸し手の急速な台頭を刺激しました。尊大なフィンテックの御旗を掲げて、クイックン・ローンズとユナイテッド・ホールセール・モーゲージは米国の住宅ローンの貸し手の上位3社のうちの2社へ成長し、2020年第3四半期の両社合計のシェアは12%に達しました。住宅ローンの投資家にとって、これは悪いニュースです。伝統的な住宅ローンのプールに流入するフィンテックが組成したローンが増加する一方の中で、担保の質を劣化させ、期限前返済の特徴を悪化させ、エージェンシーMBSのファンダメンタルズにおける新たな標準を構築しています。

要するに、政府がスポンサーとなっているこれらのプログラムおよび政策は、政府および政府機関が保証する全ての住宅ローンの金利を、借り手にとって非常に低い水準またはゼロのコストとなるまで引き下げており、なんでもありの、実質的に「政府主導の借り換え」に等しくなっています。「政府主導の借り換え」は、世界の金融危機直後に適切な反応であると一度は考えられましたが、それ自体は政策にはなりませんでした。しかし、それ以降に実施された全ての政策は、「全ての人々に対する低住宅ローン金利」というこの無差別なイニシアチブを取り込んでおり、「政府主導の借り換え」が登場しました。

住宅ローンの利用可能性を広げるためのこのイニシアチブと、その悪影響は、依然未解決の新型コロナウイルス危機の中で頂点に達しました。議会は迅速に対処して、住宅保有者に対する広範囲の住宅ローン返済猶予を認可した一方、FRBは金利をゼロへ引き下げて、これまでのところ最も積極的な資産買い入れプログラムであるQE第4弾を開始しました。住宅ローンの投資家にとって、これらの行動はバイアウト1および借り換えのうねりと一体化させ、エージェンシー住宅ローン市場の本質およびバリュエーションを根本的に変化させ、エージェンシー住宅ローンのプールとTBA2の間のパフォーマンスにおける埋められないとみられる断層を開裂させます。エージェンシーMBSのプールが ー 新型コロナウイルス対策としての政策が「国をあげての借り換え」を更に可能にする中で - 津波の如き期限前返済のうねりの中でもがき苦しむ中で、住宅ローンのファンダメンタルズは期限前返済リスクの上昇によって悪化して、TBA市場の好ましいテクニカルとは好対照となっています。FRBの執拗な買い入れの結果として、エージェンシーMBSのスプレッドは過去最もタイトな水準へ急速に戻り、プロダクション・クーポンにおける受け渡し可能なフロートを払底させ3、TBAのロールにおける、根強い高水準のスペシャルネス4に貢献しました。エージェンシーMBSの投資家にとって、特定されたプールのペイアップがTBA価格に対して過去最も割高な水準にあり、TBA市場においてさらに一貫して獲得できる可能性のある超過キャリーと比較すると、銘柄選択によって得れれる可能性のあるファンダメンタルズのスプレッドと利回りのパフォーマンスは見劣りします。

新型コロナウイルス危機に対する勝利を宣言するのは極めて時期尚早ですが、最初のワクチンが世界で接種され始めており、われわれに別の側を見せることになるエージェンシーMBS市場の状況を考慮しなければなりません。実際に、期限前返済速度上昇のパンデミック - これは住宅ローンのシステミックな緩和によって可能 - は、引き続き悪化する公算があり、エージェンシーMBSのファンダメンタルズとテクニカルの潜在的に根強い分断を牽引する可能性があります。

新型コロナウイルス感染に伴う規制が、消費者の需要における前代未聞の変化の原動力となり、企業に立ち位置の変化を強いたと同様に、「2030年の経済」の誕生を前倒ししましたが、住宅ローンのプライマリー市場も同様に永久的な混乱をみることになったといえます。一つには、査定の免除、自動化された不動産評価モデル、バーチャルな展示、および、リモートでの契約締結が、間違いなく一般的になるでしょう。比較的機敏なノンバンクによって、銀行と比較的従来型の貸し手の市場シェアが引き続き低下するにつれて、銀行と比較的従来型の貸し手はビジネスを守らなければならず、住宅ローンの画期的な引受テクニックのさらなる開発と統合を牽引します。これらのテクノロジーが普及するにつれて - これらテクノロジーの利用は寛大な貸出プログラムによって可能 - 住宅ローン引受の効率性は間違いなく改善する一方で、エージェンシーMBSの投資家にとっては、期限前返済の基本的なそ速度の上昇につながります。

効率性は引き続き上昇:組成額と住宅ローン業界の就業者数

出所:TCW、JPMモルガン、MBA、BLS

同時に、政策対応はこの新たなパラダイムをあらゆる局面でサポートすると予想されています。新政権が革新的な方向にあるため、住宅ローンの世界の金融危機後の盛大な緩和が、これまでサービスを受けられなかった借り手を支援するために、さらに拡大される可能性もあります。なお、FRBは「長期にわたる低金利」というスタンスをしっかりと維持し、資産買い入れの現在のペースを維持すると公約しており、住宅ローン金利を引き続き低位に抑える公算が大きいです。資産価格形成の中心的な信条が示すように、割引率が低下するにつれて、資産価格 - 株価であれ住宅価格であれ - は上昇します。これらの政策が住宅価格を上昇させ、活気あるプライマリー住宅ローン市場を促進する傾向にある一方、政策は持つ者と持たざる者の間の亀裂を引き続き拡大し、それは、弊社が観察している明確な「K字回復」によって表現される状況です。皮肉にも、住宅を一層手頃にするという目的にとって、政府がスポンサーとなる住宅ローン貸出プログラムの拡大は、その成功を妨害する主な勢力になる可能性が高いです。政府およびFRBの両方によって過去10年間に策定された政策が、政府およびFRBが戦いを公言した富の不平等を悪化させたと主張することは、理不尽ではありません。確かに、われわれは今後数年間のこの「K字回復」に対する別の「解決策」に関して、政府に再度依存することはできます。

住宅価格は2015年以降に最も急速に上昇…

出所:TCW、野村證券、コアロジック

...一方で、所得の最低区分が最も苦しむ

出所:TCW、野村證券、コアロジック、人口動態調査

債券投資家が、ゼロ%の金利という「ニュー」ノーマルに適用しなければならないのと同様に、今日の住宅ローンの投資家は「国をあげての借り換え」と闘わなければなりません。新型コロナウイルス危機が「2030年経済」の採用を前倒しする勢力に引き続き拍車をかけているため、われわれは、エージェンシーMBS投資における新たなパラダイムに瀕しているようにみえます。政府が支援する住宅ローン貸出に対する構造的な変化がなければ、エージェンシーMBSの脆弱なファンダメンタルズと力強いテクニカルの間にある不健全な分断が、引き続き拡大する可能性があります - 恐らく、FRBが温かく抱擁しているものを除いて、エージェンシーMBS全体が殆ど投資不可能になる可能性がある点まで拡大するでしょう。しかしながら、過去10年間にみてきた通り、変化することが唯一の不変な状態であるように思えます。住宅ローン投資の「アルファ」は、今後10年間で根本的に異なることが不可避です。

1 ジニーメイのサービサーおよびGSEは、債務延滞ローンをエージェンシーMBSのプールからバイアウトするオプションを持っており、結果的にエージェンシーMBSの投資家にとっては期限前返済となります。投資家は、バイアウトされたプールの部分に対しては額面相当額を受け取ることになり、プールの平均価格が額面の105%を超えているため、現在の投資家は、エージェンシーMBSの相当の利回りとトータルリターンを失うことになります。
2 TBAの契約は、エージェンシーMBSのパススルーを将来の決済日において売買するための、OTCの先物契約です。
3 支配的なプライマリー住宅ローン金利に基づいて積極的に組成されたクーポンを持つ、エージェンシーMBSのパススルー。FRBはこれらのパススルーをTBA市場を通じて買い入れ、それらは一般的に「最安受け渡し」で、期限前返済の最悪の特徴を持っています。これは、その他投資家が買うことになる残留フロートを「一掃」します。
4 TBA市場で受け渡される過去の月のプールに対する当月の価格上昇で、TBA契約を続けている投資家に対して追加的キャリーを提供します。

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